37.戦国(せんごく)時代の始まりは、応仁の乱(おうにんのらん)ではなかった。

戦国(せんごく)時代の始まりは、京都で始まった応仁の乱(おうにんのらん)とされているね。

徳川家康(とくがわ いえやす)も天下を平定したときに「応仁の乱以来(いらい)の戦(たたか)いの歴史(れきし)が終わった」と言っているんだ。

でも、それより12年前の1455年に関東(かんとう)で始まった享徳の乱(きょうとくのらん)が戦国時代の始まりという説(せつ)が推(お)されているのは知っているかな?

享徳の乱とは室町時代におきた、足利成氏(あしかが しげうじ)と上杉(うえすぎ)諸家(しょか)の戦いなんだ。

成氏は関東公方(くぼう)で、もともとは京都に住む将軍(しょうぐん)が関東を統治(とうち)するためにおいた役目だったんだけど、だんだん将軍に反発するようになったんだ。

一方、関東管領(かんれい)というのは、もともとは公方の補佐(ほさ)役だから味方同士のはずだったんだ。

『建内記(けんないき/けんだいき)』によると、その時の管領・上杉憲忠(うえすぎ のりただ)は、幼(おさな)い将軍に代って後花園天皇(ごはなぞのてんのう)に綸旨(りんじ)をもらった関東管領(かんれい)だったんだ。

となると、将軍に反発している成氏と、将軍と天皇から認められた形の管領は反目しちゃうよね。
それで、成氏は憲忠を討(う)ってしまったんだ。
それがきっかけで、この戦いが始まったんだ。

関東では、これ以降(いこう)が戦国時代となったということが正しいとされるようになったんだ。

その他の地域(ちいき)でも、戦国時代の始まりは違(ちが)う戦いだ、とする説があるんだよ。